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岡本太郎『自分の中に毒を持て』の勧め

 こんにちは。CORUNUMメンバーのRyoです。

 今回は岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社/2017)を読んで衝撃を受けたというお話をさせていただきます。ただ感想を述べるだけでなく、この本が何を伝えたかったのかを要約し、考察までしてみようと思います。

●衝撃

 まずはどんな衝撃を受けたかについてお話します。イデオロギーという言葉をご存じでしょうか。Googleで検索をすると、『人間の行動を左右する根本的な物の考え方の体系。観念形態。』とトップに出てきます。この、イデオロギーがかっちりと、曖昧だったものに焦点が合ったような確かな感覚を得た点で、衝撃的でした。
 皆様は自身のイデオロギーを明確に認識していますでしょうか。私の実体験では、それが明確になったおかげで、今していること、これからすることが本意であるか否かがはっきりと分かるようになりました。それは自身の行動選択の自由度を高められるようになったことを意味すると思います。この本を読めば必ずそうなるとは言えませんが、岡本太郎という一人の芸術家がどんなイデオロギーをもって作品を生み出して来たのかが分かることは確かですので、手に取ってみてはいかがでしょうか。

●要約

 この本で登場する重要なキーワードは、「条件」「歓喜」「相対的価値観」「絶対感」「芸術」です。それでは早速、それぞれのキーワードについて岡本太郎がどのような考えを持っているのかを引用で見ていきましょう。

『人生を真に貫こうとすれば、必ず、条件に挑まなければならない。いのちを賭けて運命と対決するのだ。そのとき、切実にぶつかるのは己自身だ。己が最大の味方であり、また敵なのである。』p36

『他人から見ればとるに足らないようなバカバカしいものでも、自分だけでシコシコと無条件にやりたくなるもの、情熱をかたむけるものが見出せれば、きっと眼が輝いてくる。』p39

『情熱というものは、”何を”なんて条件つきで出てくるもんじゃない、無条件なんだ。』p40

『この瞬間に、無条件な情熱をもって挑む。いのちが、ぱあっとひらく。それが生きがい。瞬間瞬間が新しい。』p45

『そもそも自分を他と比べるから、自信などというものが問題になってくるのだ。』p63

『自信なんていうのは相対的価値観だ。誰々よりも自分は上だ、とかいうものでしかない。そうじゃなくて、人間は生死を超えた絶対感によって生きなければ駄目だ。』p64

『ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。ぼくは幸福という言葉は大嫌いだ。ぼくはその代りに”歓喜”という言葉を使う。』p84

『ぼくは生きるからには、歓喜がなければならないと思う。歓喜は対決や緊張感のないところからは決して生まれてこない。』p193

『美しいというのはもっと無条件で、絶対的なものである。見て楽しいとか、ていさいがいいというようなことはむしろ全然無視して、ひたすら生命がひらき高揚したときに、美しいという感動がおこるのだ。』p199

『美の絶対感に対して、「きれい」はあくまで相対的な価値である。つまり型にはまり、時代の基準に合っていなければならない。』p200

『「あら、きれいねえ」と言われるような絵は、相対的価値しか持っていない。その時代の承認ずみの型、味わい、つまり流行にあてはまって、抵抗がない。人間みんなが持っている存在の奥底の矛盾、どんな俗人の中にもひそんでいる、いやったらしいほどの切実な、その実感にはふれられない。』p203

『いま、この世界で必要なことは、芸術・政治・経済の三権分立である。』p207

『芸術と言っても、何も絵を描いたり、楽器を奏でたり、文章をひねくったりすることではない。そんなことはまったくしなくても、素っ裸で、豊かに、無条件に生きること。 失った人間の原点をとりもどし、強烈に、ふくらんで生きている人間が芸術家なのだ。』p212

『今、この瞬間。まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。それがすべてだ。』p218

『ぼくは「人類の職業分化に反対だから」と答えた。絵描きは絵描き、学者は学者、靴屋は靴屋、役人は役人、というように職業の狭い枠の中に入ってしまって、全人間的に生きようとしない、それが現代のむなしさなんだ』p240

●考察

 さて、以上の要約で、キーワードに対する岡本太郎の考えがぼんやりと見えてきたはずです。ここからは、あくまで私の解釈になりますが、そのイメージをはっきりとさせていこうと思います。

「条件と歓喜」

 彼は、”歓喜”が人生において最重要であり、生命の原理だと主張しています。それを得るためには”条件”を全て排除する必要があるそうです。歓喜とは、自身のあらゆる条件を無視して、ただ情熱のある方へ全身全霊で向かっていくことで得られる感覚です。条件とは、自身の過去や、取り巻く環境、他者との兼ね合い等、行動決定をする際に情熱以外の動機となるものを指します。例えば、「私は絵が下手だから、」「今はまだ学生だから、」「上司の命令だから、」等のことです。
 彼が念を押して言っているのは、歓喜を得るためには自身の全て、つまり命を賭ける覚悟が必要であることです。それに対し、条件を飲むことはその反対で、安心・安全の道を行くことです。人生には常にこの対極の二択が突きつけられていて、現代社会の多くの人は、条件を飲む方、つまり安心・安全な方を選んでしまいます。しかし、人生において不可欠な歓喜を得るためには、その選択は間違っていると彼は主張しています。

「相対評価と絶対評価」

 本文中で「相対的価値観」「絶対感」と記されている言葉を、言い換えて「相対評価」「絶対評価」と呼ぶことにします。本文の内容から、相対評価は、自他の関係から自身を評価して行動決定することと定義し、絶対評価は、自身の情熱から自身を評価して行動決定することと定義します。これを踏まえると、岡本太郎は常に、相対評価を批判し、絶対評価を勧めていることが分かります。本文の話題としては、身の上、恋愛、仕事、芸術、文明と、切り替わってはいるものの、その点においては揺るぎないのです。
 相対評価がなぜ批判されているかというと、例えばある人が、今までやったことのない分野に興味がわいて、挑戦してみたとします。さてここで、当人に相対評価をしてもらいましょう。「初めてにしてはすごくうまく出来た。だけど、この世界のプロから見ればまだまだ稚拙なものだろう。」。さらに一年間、挑戦したとします。「あれから様々な技法も習得できたし、完成品のクオリティもかなり良くなった。でも、私と同じく一年間の経験をした彼は、もっと高度な技術を使っている。それに、これからどれだけ続けたとしても、巨匠がたどり着いたあの領域には届かないだろう。だからもう、やめよう。」。どうでしょうか。この人は、最初から最後まで、歓喜を得ていなかったのではないでしょうか。これを絶対評価で捉えていたならば、ただ情熱の向くままに全身全霊を賭けて手を動かし、歓喜のある日々だったのではないでしょうか。そのとき当人の口から出る言葉は、「楽しい」「最高」「苦しい」等の、純粋な感動を示すもののはずです。もしそれが失敗に終わったとしても、それは情熱を爆発させきった後の、清々しい結果になるはずです。

●まとめ

 いかがでしたでしょうか。「相対評価と絶対評価」でお話しした内容は、まさにイデオロギーに関する領域だったと思います。人生は捉え方一つでこれだけ行動が変化し、感情が違ってくるものなのですね。自分で書いていて、驚きました。これを機に皆様にも何か感動や気付きがあれば幸いです。

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